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2015-01-27

ハピネスチャージプリキュア!感想その2 なぐりあい宇宙~ラブリー対誠司、そしてレッド

今回はプリキュアシリーズの醍醐味である、拳と拳のぶつかり合いについてです。


第45話『敵は神様!?衝撃のクリスマス!』で、誠司がレッドに操られプリキュアと敵対しました。
誠司に肩入れしまくっていた自分としてはなかなか辛いものがあり、翌週は冗談抜きで震えながら観ていました。
なぜこの二人がこんなにも激しく殴り合わなければならないのか。プリキュアシリーズが元来持っている暴力性を、ここまで疎ましく思ったのは初めてでした。


そもそもシリーズ第1作『ふたりはプリキュア』は、一般的な女の子向けアニメのイメージへのカウンターとして作られた側面のある作品。シリーズ化して広く根強い人気を獲得し、亜流から本流になってしまったことで、その暴力性が邪魔になる可能性は常にありました。


が、ラブリーと誠司は、ただそういう番組だから殴り合っていたのではありません。二人の本気のぶつかり合いを見ているうちに、これは必要なことなのだと思い直しました。
耳をふさげば声は聞こえず、目を閉じれば文字を読むこともできません。しかし拳を交わしている間は違います。相手に制されないためには、相手の呼吸をとらえ、体運びのクセを見抜き、その意思を探り当てる必要があります。操られているはずの誠司は、嫌でもラブリーの身振り、表情、言葉、すべてに関心を向けざるを得ないのです。
拳で語るという行為はファンタジーではありません。相手の肉体と生命を破壊するための拳と、戦意を失わせるための拳は振るい方がまるで違います。
こうして誠司はめぐみの声を聞き届け、身体を取り戻すことができたのです。


一方、その次のレッドとの戦いはまた意味合いが変わります。
レッドは誰かに操られているのではなく、めぐみの言葉にも耳を傾けたうえで反論してきました(同じような台詞がひたすら続いてはいましたが)。
戦いが終わった後のレッドの態度からもわかりますが、結局のところ彼はすべてを理解していたはずです。フォーエバーラブリーは自分の思想を押し付けたのではなく、レッドがすでに見出していた答えを鏡となって反射し続けていたに過ぎません。身も蓋もない言い換えをすれば、レッドは「俺の気が済むまで殴ってもお前がまだ笑って立っていてくれるなら、もう一度やり直そう」と思っていたのではないでしょうか。
誠司の時のような、対話のための殴り合いとは少し違うわけです。


ボーカルアルバム1に収録されているラブリーのキャラクターソング『ドデカ・ラブ』に、こんな歌詞があります。


ちょっぴり迷走中なのね 笑いながらおこって 超八つ当たりで
私たちはたとえば サンドバッグにだってなれちゃうよ 強いから



そのまんまじゃないですか。


ついでに触れておくと、誠司は空手の有段者であり、レッドも何らかの拳法のようなものを駆使していました。
二人とも、拳を振るうことに対して単なる暴力以上の意味を知っていたからこそ、闘いを通して自分を取り戻せたとも考えられます。
例年の作品とは異なり、最後まで武器を持たず巨大化・怪獣化もない闘いだったことも関連があるかもしれません。
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霧矢あおいホノオな生活。

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