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2013-10-03

仮面ライダーウィザード 感想

魔法の指輪、ウィザードリング。現代を生きる魔法使いはその輝きを両手に宿し、絶望を希望に変える…。



53話の長丁場も、終わってみればあっという間でしたね。
『仮面ライダーウィザード』、意欲作・挑戦作の多い平成仮面ライダーシリーズの中でもかなり特異な作品だったように思います。
何が特異かというと、それは"普通"であること。
昔ながらの、誰もが想像するようなヒーロー番組のスタイルを守り続けていたウィザードは、何かと型破りな先輩達に比べるとかえって異質に見えました。


まず第一に、主人公であるウィザード=晴人がほとんど成長しないこと。
初めから人々の希望を守る魔法使いとして自分の意志で戦っており、ある意味完成されたヒーローともいえます。
フェニックス打倒のエピソードなどで悩む描写はあるものの、アリガバリに負けた2号ライダーみたいなもので、成長劇として本編の流れに大きく影響することはありませんでした。



また、本筋であるファントムの目的や白い魔法使いの秘密について、終盤までほとんど明かされなかったのも大きいですね。ファントムからゲートを守るというパターンをしばらく続けて、どこから観始めても追いかけられるような構成になっていました。
頼れるヒーローがいつものように敵を倒す、この形が徹底されていた印象があります。

正直に言うと、折り返しを過ぎた頃からこの辺りの要素はかなりの不満要因だったんですよね…ストーリーは進まないし、キャラは今一つ立たないし、とか。
いつもの平成ライダーのように、何か妙な仕掛けが用意されているはずと思って観ていたのがそもそも間違いでした。



今では、ウィザードは仮面ライダーの原点回帰を目指した作品だったんじゃないかと思っています。

独立したエピソード、良くも悪くもブレない晴人という主人公、妙に遠回しな作戦を仕掛けてくるファントム…などなど、昭和の特撮ヒーローを思わせる要素が多かったのは、いわば形式上の原点回帰。

終盤では、コヨミを奪われ、そして失ってからの晴人の決断、一度は希望を失いながらも人々を守るために戦った三人のメイジ…ここからは精神的な原点回帰なのかなーと思いました。

晴人にせよ仁藤にせよ真由ちゃん達にせよ、事件に関わることになったきっかけは、ひとりの被害者になったことでした。
これは本郷猛をはじめとする過去のライダーにも多く共通しています。
生活を壊され、あわや命まで失いそうになったとあっては、そのトラウマから逃れるだけでも大変な苦労だと思うのですが、ただ立ち直るだけでなく、自分のような人間を増やしたくない→「人々の自由を守る」という意思が芽生えることから仮面ライダーは誕生します。
個人的な事情から始まって、個人的でない戦いに身を投じるということがミソで、これは今までのシリーズでも少なからず描かれていましたが、個人の希望と絶望に焦点を当てたウィザードではかなり重要視されていたんじゃないでしょうか。
そういう意味で原点に戻ったんだと思います。



ここまで考えて、本編のラストである51話ですが、結局コヨミは生き延びることができず、ラストバトルはグレムリンとの私闘のような形になってしまいます。
はっきり言って笛木が死んだ時点で世の中の危機はほぼ去っているわけで、グレムリンが本懐を遂げて人間になったところで、指名手配犯が一人泳いでいるだけで捕まえりゃそれで済みます。コヨミの遺言を守る以外にはヒーローとしての大義名分が見当たりません。

これは晴人にとって本当の"2回目のサバト"だったんでしょう。笛木のサバトに巻き込まれて普通の人間としての生活を奪われたように、魔法使いとしての日常も真相を知るとともに崩れ去り、コヨミを失ったせいでかなり絶望度の高い状況まで追い込まれていたはずで。グレムリンを倒して賢者の石を奪い返すところには、ファントムを抑え込んで魔法使いになるという部分に通じるものがあります。

誰かの希望になり続けていた晴人が、今一度、失いかけた自分自身の希望を見出したおかげで、これからも人のために戦い続けることができるのだと受け取りました。



そして迎えた番外編。
もうここだけで記事ひとつ分書き殴りたいくらいの大興奮。
この2話は間違いなく『仮面ライダーウィザード』の完結編であり、『仮面ライダーディケイド』の続編であり、『仮面ライダー』シリーズの総括でもありました。


初めに書いたように、比較的「完成されたヒーロー」である晴人は、異世界に行ったり別のライダーに会ったくらいでは動揺しないので、余計な前置きは無し。
一切の迷いなく、鎧武に対して「全ての人の自由を守る戦士の名だ」と仮面ライダーの称号を与え、もう一人の自分には怪人の力を制して仮面ライダーになるという希望を与えます。
ウィザード誕生の背景である「絶望によって生まれるファントムを封じ込め、人々に希望を与える」という設定がシリーズ全体のテーマと完全にシンクロしていました。

そして(時間は前後しますが)、大復活した説教のテーマと共に門矢士が言い放つ!

「ある人が言った。俺達は正義のために戦うんじゃない…。俺達は、人間の自由のために戦うんだと」

シリーズ誕生から脈々と受け継がれてきたこの主題!!!
しかし、TV本編においてここまでストレートに明言されたことはほとんどありませんでした。それが初めて!!士の口から!!!
間違いなく仮面ライダーの歴史に燦然と輝く瞬間になったと思います。
(ある人=石ノ森先生という解釈が主流のようですが、当時脚本を書かれていた市川森一先生も同じことを仰っていたような…?)



常に新しい挑戦を続け、時には既存のヒーロー像を壊しにかかり、時には「こんなの仮面ライダーじゃない」という声も挙がった平成仮面ライダーシリーズ。
それでもこうして全員が一堂に会し、仮面ライダーとはなんぞやという問いに真正面から答えて連続キックをぶち込むとこの!この説得力!!
ディケイドが始まった頃は、集合スチールを見ても本当に不揃いな集団だなぁと思ったりしたものですが、そろそろ見慣れてきたことと、更に今回のエピソードでやっと全員の心がひとつになった気がして、本当の意味で見ていてワクワクする集合絵になりましたね。



昭和ライダーの刷り込みで育った人間としては、平成ライダーをどこか「それでもやっぱりこれは本物じゃない」と思いながら観ていた部分が微弱ながらあったんですが(もちろん平成ライダーが嫌いって訳ではなくて、むしろ昭和ライダーにこだわらずにいられない自分を厄介に思っていました)、最後の放送を観て、そんな感情がかなり濯がれた気持ちがします。

平成ライダーを観ていて本当によかった、そう思える終わり方でした。



ほんと気持ち悪いくらいだらだらと書き散らしてしまいましたが、第53話が個人的に100点満点だったので…。
鎧武に移る心の準備とか全然してないんですけどいつもの事でした。



さて次回!被りたてフレッシュ!「新鮮仮面侍」いざ参る!

そういえばフレプリもシンケンもディケイドと同じ年だな?
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人間の自由のためには

市川森一さんですね。
平山Pが書いた仮面ライダー名人列伝で「正義のために戦うなんて言うのは止めましょう。ナチスだって正義を謳ったんだから、正義って奴は判らない。悪者とは、どんなお題目を掲げていても人間の自由を奪う奴が悪者です。仮面ライダー、我々人間の自由を奪う敵に対し人間の自由を守るために戦うのです」
と、成立段階のディスカッションで提案したそうです。

Re: 人間の自由のためには

>クドウさん

ソース提供ありがとうございます。そういえば市川さんはウルトラシリーズでも善悪二元論に疑問を投げかけておられましたね。

仮面ライダーであること

はじめまして、ウィザード終わって半年が経ち、多くの方々がウィザードは薄い話等と感想を書かれていました。

私もライダー第1世代です、仮面ライダーである事=人間の大切な何かを失う事で超人となる事 だと思います。石ノ森章太郎先生の作品では先行するサイボーグ009等がこの意味において同一の世界観を持っています。

彼らは超人ですがその事は彼らをハッピーにすることなく むしろ苦悩させるという相対的構造が仮面ライダーを考える際に重要で、 彼らが超人であればあるほど 人間とは何か? 人間の素晴らしさを強く意識させられるプロット構造になっており、 仮面ライダーは超人をモチーフにしながら逆に人間の素晴らしさを強く訴えている作品だといえます。 

平成ライダーになって改造人間設定をやめ、彼らが超人となる過程はやや神秘性を帯びましたが この相対構造はキープしております。 ウィザードでは仮面ライダーの持つ人間臭さ という事を非常に強く打ち出しており 笛木の生々しい人の業(これを昭和的 ベタとする向きは多いですが..) 主人公のメンタルの弱さ等 先行作品よりも強化され 非常に人間臭さを感じる作品に仕上がっており クウガに始まる平成ライダーも成熟したと思いますし 仮面ライダーの本質をよく押さえていました、そしてウィザードは仮面ライダー史上最も人間臭く 優しい仮面ライダーだったと思います。 キャラが立ったアクの強い設定構造が多い平成世代からはそれが 薄い となるのでしょうけど。

個人的には仮面ライダーThe nextで平成V3がかけがえの無い妹を自らの超人的な力で手にかけ絶望し 炎の中でがっくりと膝をつくシーン これが仮面ライダーだと思いました 平成V3はこの時仮面ライダーになったのです、超人的な能力を持つことが絶望感をも呼び起こす これが仮面ライダーという存在になるという事です。 凡作という声も多いウィザードの中にこのモチーフは繰り返し現れると思いませんか?


長文 駄文失礼致しました。

Re: 仮面ライダーであること

>しまさん

返信が遅くなりました。コメントありがとうございます。
ウィザードでは、ファントムを生み出すのも魔法使いになる(される)のも、あくまで普通の人間であるところが強調されていましたね。
平成初期でも異能者となってしまった人々の苦悩は繰り返し描かれましたが、ライダー(あるいはオルフェノクなど)になる者達はどこか極端な人格を持っていたり、過激な思想を持っていたりすることが多かったように思います。
それに比べるとウィザードのライダー達は極めて平凡というか、リアルな心情を露わにする描写が多かったのが魅力ですね。
プロフィール

むねみつ(新)

Author:むねみつ(新)
霧矢あおいホノオな生活。

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